1. 過去の私への「お疲れ様」
今、51歳になって営業職としてバタバタと街を駆け回り、夜はAIで新しい世界を創っている私から見れば、3年前の自分はまるで「重すぎる荷物を背負ってフルマラソンを走っているドMな人」に見えます。
48歳のあの頃。私は「理想の母親」「笑顔の素敵な妻」という、誰が作ったかもわからない重たい箱を、死ぬ気で抱えていました。
2. 「不法投棄」の瞬間
「あ、この重い鎧、もう要らない」って。
家族を守るために、20年間脱げなかった『完璧な母親・妻』という鎧。それを脱ぎ捨てた瞬間、肩の脱臼が治ったような軽さを感じました。子供たちを愛することと、この重い鉄屑を背負い続けることは別物だったんだ、と。
もちろん、周囲からは「正気か?」と思われたかもしれない。でも、正気に戻ったからこそ、私はその箱を捨てられたんです。今振り返れば、あれは人生最大の「断捨離」でした。
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あの決断があったからこそ、今の私の「迷走」が始まったわけですが……。
3. 51歳の今、あの決断を「正解」にする
離婚、別居、実家への引っ越し、そして51歳での営業職への転職。 字面だけ見れば「転落人生」に見えるかもしれません。でも、当の本人はいたって愉快です。
慣れない営業で散々落ちても、最新のITツールに翻弄されても、「誰かのために用意された箱」の中にいた時より、100倍呼吸がしやすい。 あの時の決断を「正解」にしたのは、他でもない、その後の私の「図太さ」だったなと、今なら笑って言えます。
4. 箱を捨てたいあなたへ
もし今、重すぎる箱を背負って息が切れている人がいたら、私は高台からこう叫びたい。 「捨てちゃっても、意外と死なないよ!むしろ、そこからが本当の人生よ」って。
次は、私が箱を捨てた後、どうやって「51歳の今の武器(AI)」を手に入れるに至ったか。そのあたりの「図太い再生記」を書いていこうと思います。
実は私も、鎧を脱いだ勢いでマチアプという名の「現代の密林」に飛び込み、1ヶ月で8人と対峙するという迷走も経験しました。 「俺の時間軸に合わせろ」という成功者ジャイアンから、スペックに溺れる男たちまで……(笑)。
でも、その修羅場(?)を経てアプリも過去も全部デリートした今、ようやく「誰かに選ばれる私」ではなく、「私が選ぶ私」になれた気がします。
詳しい修羅場の話はまた今度。とりあえず今は、その痛みすらちょっと心地いい。
今日の脳内BGM〜
記事を書きながら、流れるのは『PAIN IS BEAUTY』
「痛みは美しさに変わる」
20年前の自分なら「そんなの綺麗事だろ」って鼻で笑ってたかもしれない。でも、箱を捨て、男を捨て、ボロボロになりながら営業職で足を引きずっている今の私には、このリリックが細胞レベルで染み渡るわけです。
48歳で味わったあの絶望も、51歳で孤独を噛み締める夜も、全部私の「美しさ」の材料にしてやるわ。
傷跡は、隠すもんじゃない。 堂々と晒して、なんならアクセサリーにして笑ってやりましょう。
さて、明日の営業も、痛快に戦ってきます。


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